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「子どものプログラミングは意味がない」と言われる理由を検証する

「子どものプログラミングは意味がない」と言われる理由を検証する

「子どものプログラミングって、意味ないですよね」。この言葉を、保護者の方から直接言われたことが何度もあります。半分は本音で、半分は「そうじゃないと言ってほしい」という確認だと感じています。私たちは教室を持っていないので、宣伝のために否定する必要がありません。だからこの記事では、意味がないと言われる理由のほうを、先に正しいものとして扱います。

この記事の要点

  • 「意味がない」と言われる理由の多くは、実際に起きていることを正確に言い当てている
  • ただし対象が違う。批判されているのはプログラミングではなく、教え方と目的の置き方
  • AIがコードを書く時代でも残るのは、書く力ではなく「何を作りたいか決める力」
  • 子どもが手を動かさないまま学年だけ上がる状態が、いちばん意味がなくなる

「意味がない」と言われる4つの理由

まず、よく言われる主張を並べます。私たちは、この4つはどれも一理あると思っています。

01仕事にならない子どものうちに触ったことが、そのまま職業に直結するわけではありません。これは事実です。
02AIが書いてくれる簡単なコードなら、いま生成AIが数秒で書きます。手で覚える価値は下がっています。
03遊んでいるだけ画面の中でキャラクターを動かして終わる。学びに見えない、という指摘です。
04続かない最初の数回は楽しむものの、そこから先に進まない。よくある展開です。

この4つに反論するのは簡単ではありません。実際、私たちが会場で見てきた光景の一部は、まさにこの通りです。問題は、これらが「プログラミングそのもの」への批判として語られていることのほうにあります。

批判の対象がずれている

順番に見ていきます。01の「仕事にならない」は、そもそも仕事にするために始めるのか、という前提の問題です。図工や音楽を、職業になるかどうかで判断する人はあまりいません。プログラミングだけが職業と結びつけて語られるのは、それが最近まで大人の仕事の名前だったからです。

02の「AIが書いてくれる」は、いちばん強い指摘です。ここは後で詳しく書きます。03の「遊んでいるだけ」と04の「続かない」は、教え方と場の設計の話であって、内容の話ではありません。

よく言われること 当たっている部分 ずれている部分
仕事にならない 直結はしない。そのとおり 職業になるかどうかを基準にしていること自体
AIが書いてくれる コードを書く作業の価値は下がった 作りたいものを決める工程はAIに渡せない
遊んでいるだけ そう見える回は実際にある 遊びに見える時間に何が起きているかを見ていない
続かない 多くは続かない 続くことを前提にした設計だったのか
スクリーンの前に子どもと保護者が集まる会場のようす
「遊んでいるだけ」に見える時間に何が起きているかは、その場に居ないと判断できません。

AIが書く時代に、何が残るのか

ここが本題です。生成AIに「こういうものを作って」と頼めば、動くものが出てきます。だとすれば、子どもがコードを1行ずつ書けるようになる意味は薄れます。私たちもそう思っています。

ただ、AIに頼むためには、頼む内容を自分の言葉にする必要があります。何を作りたいのか、どこまでできていればいいのか、うまくいかなかったとき何が違うのか。この3つは、いまのところ人間が持っていないと前に進みません。

そして、この3つは机の上の勉強では育ちません。作りたいものがあって、思ったとおりに動かなくて、直して、また動かす。この往復のなかでしか出てこないものです。プログラミングは、その往復を安く早く回せる数少ない道具でした。

価値が移ったのは「書く力」から「何を作りたいか決める力」で、後者はAIに渡せません。

現場から

会場で、生成AIに絵を出させていた小学生が「思ってた感じと違う」と言い続けていたことがありました。20分ほどかけて、言葉を少しずつ変えていく。最後に出てきた絵を見て「これ」と言ったとき、その子は自分が何を欲しかったのかを、最初より正確に説明できるようになっていました。コードは1行も書いていません。

「遊んでいるだけ」に見える時間の中身

キャラクターを動かして笑っている。大人から見ると遊びです。でもその20分のあいだに、たいてい次のことが起きています。

思ったとおりに動かないまずここで止まります。多くの子はここで人を呼びます。
どこが違うのかを探す全体ではなく、部分に目を向け始めます。この切り替えが起きるかどうかが分かれ目です。
1か所だけ変えてみる複数を同時に変えると原因が分からなくなる、と体で覚えるのはこの段階です。
動いたので、もっとやりたくなるここまで来た子は、放っておいても続けます。逆に、ここまで来なかった回は「遊んで終わり」になります。

つまり「遊んでいるだけ」に見えるかどうかは、その日にこの4段目まで到達したかどうかで決まります。到達しなかった回を指して意味がないと言うのは、正しいのです。ただし直すべきなのは内容ではなく、そこまで届く設計のほうです。

続かないのは、たいてい大人の側の事情

04の「続かない」についても書いておきます。私たちが見てきた限り、子どもが飽きたというより、続けるための段取りが親の負担になって止まることのほうが多いです。送り迎え、時間の確保、機材の準備。子どもの興味が消える前に、家庭の運用が止まります。

これは責められることではないと思っています。むしろ、続けられる形に無理があったのではないか、と考えたほうが建設的です。毎週やらないと意味がない、という前提を外すだけで、選択肢はかなり増えます。

よくある行き違い

「続かなかった=向いていなかった」と結論づけてしまうと、次の機会にも手を出さなくなります。半年空いてから再開して、そこから伸びた子を何人も見ています。間が空くこと自体は失敗ではありません。

毎週でなくても成立する形

週1回という形は、教える側の都合でそうなっている部分があります。子どもの側から見ると、間隔よりも1回あたりに手を動かせた時間のほうが効いていました。月1回でも、その日に2時間集中できたなら、細切れの週1より残ります。

家庭でできることも同じです。毎日15分やらせるより、休みの日に「今日はこれを作ってみよう」と1回やるほうが、続く形になりやすい。習慣にしようとすると、守れなかったときに罪悪感が生まれて、それがやめる理由になります。

タブレットを操作する子どもの手元
頻度より、1回のなかで自分の手が動いていた時間のほうが残っていました。

それでも「やらなくていい」ご家庭の条件

私たちは教室を運営していないので、これを書けます。次に当てはまる場合、無理に始めなくていいと思っています。

  • すでに夢中になっているものが別にある。時間を割いてまで足す必要はありません
  • 親の側に「やらせなければ」という焦りしかない。動機が子どもの側にないと、たいてい続きません
  • 家庭の時間に余裕がない。準備が負担になると、上に書いた止まり方をします
  • 子ども本人が明確に嫌がっている。嫌いなものにしてしまうと、あとから戻ってくるのが難しくなります

逆に言えば、当てはまらないなら、1回触ってみる価値はあると思っています。ただしそれは「習わせる」形である必要はありません。

判断を1枚に落とす

迷ったときは、次の順番で考えてみてください。上から順に、答えが出た時点で止めていいものです。

  1. 子どもが何かを作りたいと言ったことがあるかゲームでも動画でも工作でも構いません。あるなら、その延長線上に置けます。
  2. その「作りたい」は画面の中のものか画面の中なら相性がいいです。外なら、工作や機材のほうから入ったほうが自然です。
  3. 1回だけ試せる機会があるか継続を決める前に、1回で判断できる場を探します。ここで嫌がったら、いったん引きます。
  4. 家に帰ってから話題に出たか出たなら続けます。出なかったなら、半年空けて構いません。

うまくいかなかったこと・向かないケース

私たち自身の失敗も書いておきます。

初期のころ、体験の最後に「作品を発表する時間」を設けていました。良いことだと思っていたのですが、発表があると分かった瞬間に、見栄えのするものを作ろうとする子が増えました。試して失敗する時間が減った。いまは発表を必須にしていません。

もうひとつ、難易度別にコースを分けたことがあります。分けた結果、下のコースの子が「自分は下だ」と受け取ってしまいました。同じ場で違うことをしている、という形のほうがうまくいきます。

向かないケース

手を動かすより、じっくり考えることが好きな子には、画面の中の試行錯誤が忙しく感じられることがあります。この場合は、無理に速く回さず、1つのことを長く触れる内容のほうが合います。

また、うまくいかない状態が強いストレスになる子もいます。プログラミングは「動かない時間」が大半を占めるので、そこが辛いなら別の入口のほうがいい。道具のほうを子どもに合わせるべきで、逆ではありません。

私たちがやっていること

デジタルキッズクラブは、愛媛・東京・千葉・愛知で、子どもがデジタルの道具に直接手を伸ばす一日をつくっています。教室ではありません。イベントと、学校や施設への出張、それにオンラインのワークショップだけです。

この形にしているのは、続けることを前提にすると、入口が高くなると考えているからです。1回来て、何も残らなくても構わない。そのかわり、その1回のなかで手を動かす時間をできるだけ長く取ります。

私たちが活動しているのは、地域にITで活躍する大人が少なく、子どもがエンジニアという進路を選びにくいからです。答えを教えるためではなく、手本になる大人が居るところを見てもらうために場をつくっています。オンラインでは 生成AIのワークショップ も用意していて、コードを書かずに「作りたいものを言葉にする」ところから入れます。会場開催や出張の内容は ワークショップのページ にまとめています。

保護者の方へ

私たちは教室を持っていないので、「通わせなくていいと思います」と言えます。実際、ご相談を受けて、うちではなく別の選択肢をおすすめしたことも何度もあります。判断材料が欲しいだけの場合も、遠慮なくご相談ください。

やらなくていいこと

最後に。パソコンを新しく買う必要はありません。教材を先に揃える必要もありません。学習の記録をつける必要も、いまのところ感じていません。

やる価値があるとすれば、子どもが「これを作りたい」と言ったときに、それを否定しないでおくことくらいです。意味があるかどうかは、始める前ではなく、始めたあとにその子が決めます。

よくある質問

Q. 子どものプログラミングは、本当に意味がないのでしょうか。

A. 「意味がない」と言われる指摘の多くは当たっています。ただし批判の対象になっているのは、プログラミングそのものではなく、職業に直結させる考え方や、手を動かす時間が短い教え方です。作りたいものがあって試行錯誤する時間になっているなら、意味は残ります。

Q. AIがコードを書く時代に、子どもが学ぶ意味はありますか。

A. コードを書く作業そのものの価値は下がりました。かわりに、何を作りたいかを決めて言葉にする力の重要性が上がっています。これは机の上では育ちにくく、思いどおりに動かないものを直す往復のなかで育ちます。

Q. 数回でやめてしまいました。向いていないということですか。

A. そうとは限りません。多くの場合、子どもの興味より先に、家庭側の段取りが続かなくなって止まります。半年ほど空けてから再開して、そこから伸びる子もいます。間が空くこと自体は失敗ではありません。

Q. 何年生から始めるのがいいですか。

A. 学年よりも、子ども本人に「作りたいもの」があるかどうかのほうが大きく効きます。作りたいものがある子は低学年でも進みますし、無い子は高学年でも手が止まります。学年で決めないほうが判断を誤りません。

Q. 家に高性能なパソコンが必要ですか。

A. 必要ありません。最初のうちはタブレットでも十分に触れます。機材を先に揃えると、大人の側に「元を取りたい」という気持ちが生まれ、それが逆に続かない原因になることのほうが多いです。

この記事を書いた人

デジタルキッズクラブ(運営:lanitech合同会社)/西脇 靖紘

デジタルキッズクラブ 代表。愛媛・東京・千葉・愛知で、子どもがデジタルの道具に直接手を伸ばす一日一日をつくっています。これまでに延べ1,000名以上の子どもと保護者に体験を届けてきました。愛知淑徳大学ではAI関連科目の非常勤講師も務めており、日々AI×教育と向き合っています。これら記事の内容は、私たちの現場での運営や観察にもとづいています。

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