
進路指導の時間に出てくる職業には、ほとんど毎回同じ顔ぶれが並びます。子どもが挙げられるのは、自分が見たことのある仕事だけだからです。見たことがなければ、選択肢にすら入りません。では、見たことのない職業をどう教室に持ち込むのか。外部の講師として学校に入っている立場から、実際に効いたやり方と、効かなかったやり方を書きます。
この記事の要点
- 「知らない職業を教える」形はほとんど機能しませんでした。子どもは職業名ではなく、その人が何をしている時間が長いかを見ています。
- 効いたのは、仕事の説明ではなく作業中の様子を見せることでした。何をしているか分からない状態のほうが、質問が出ます。
- いちばん効果があったのは、地域にその職業の人がいると分かることでした。距離が遠いと、自分の話として受け取られません。
- うまくいかなかったのは、将来性や収入の話に寄せた回です。大人の関心事であって、子どもの関心事ではありませんでした。
この記事は、学校や施設に呼ばれてデジタル体験の授業を行っている立場から書いています。進路指導の専門家ではありませんし、学級担任として進路面談を重ねた経験もありません。キャリア教育の制度的な位置づけについては、文部科学省の「中学校キャリア教育の手引き」など一次資料をご確認ください。ここに書くのは、外から教室に入る側から見えている範囲の話です。

子どもが挙げる職業には、上限がある
授業の冒頭で「知っている仕事を挙げてください」と聞くと、だいたい同じところに落ち着きます。学校の先生、医者、看護師、スポーツ選手、動画をつくる人、店員。どの学校でもほぼ変わりません。
これは子どもの視野が狭いという話ではありません。挙がるのは、実際に見たことがあるか、画面で繰り返し見た職業です。子どもの選択肢は、視界の広さと正確に一致しているだけです。
私たちが活動している理由もここにあります。地域にITで働く大人が少ないと、その進路は子どもの視界に入りません。能力や興味の問題ではなく、単純に見えていない。見えていないものを選ぶことは誰にもできません。
「職業を教える」形が機能しない理由
知らない職業を知らせようとすると、たいてい説明から入ります。何をする仕事で、どういう資格が必要で、将来どうなっていくか。この形は、経験上ほとんど残りません。
理由は単純で、職業名は記号だからです。「システムエンジニア」と聞いて子どもの頭に浮かぶ絵はありません。絵が浮かばないものは、覚えていても選択肢にはなりません。数日で消えます。
子どもが見ているのは何か
何度か観察していて気づいたのは、子どもが見ているのは仕事の内容ではなく「その人が一日のうち何をしている時間が長いか」だということでした。座っているのか、歩いているのか、人と話しているのか、手を動かしているのか。ここが分かると、自分に合うかどうかを勝手に判断し始めます。職業の定義より、時間の使い方のほうが伝わります。
効いたのは、説明ではなく作業を見せること
私たちが授業に入るとき、最初に自己紹介で職業を説明することはしません。代わりに、その場で何か作って見せます。うまくいかないところも含めて、そのまま見せます。
すると質問が出ます。「それ何やってるんですか」「いま失敗したんですか」「これ仕事なんですか」。この順番が大事で、先に分からない状態をつくると、子どものほうから職業の説明を取りにくるようになります。こちらから説明した場合とは、残り方が違います。
この形には副次的な効果もあります。作業中の様子を見た子は、その仕事を「できそう/できなさそう」ではなく「面白そう/退屈そう」で判断します。前者は自分の能力の話なので身構えますが、後者は好みの話なので構えません。
職業名を教えるのではなく、その人が何をしている時間が長いかを見せる。
3つの入れ方を比べる
見たことのない職業を教室に入れる方法は、大きく3つに分かれます。どれも使いますが、残り方が違います。
| 方法 | やりやすさ | 子どもの反応 | 残り方 |
|---|---|---|---|
| 資料や動画で紹介する | 準備が軽く、授業内で完結する。 | 静かに見る。質問はほぼ出ない。 | 数日で消えることが多い。 |
| その職業の人に話してもらう | 日程調整が要る。1コマで収まる。 | 話の上手さに左右される。 | 印象に残る子と、残らない子に割れる。 |
| その職業の道具を子どもが触る | 機材と時間が要る。準備は重い。 | 全員が動く。質問が出る。 | 翌年まで覚えていることがある。 |
いちばん下が強いのは当然ですが、毎回できるものではありません。現実的には上の2つを回しながら、年に1回だけ下を入れる形が多いと思います。その1回の設計を丁寧にするほうが、回数を増やすより効きます。
教室に入れるときの組み立て方
- 職業名を先に出さない最初の10分は、何の仕事の人か分からないまま進めます。分からない状態が質問を生みます。名乗るのは、子どもから聞かれたときで十分です。
- うまくいかない場面を必ず入れる完成品を見せるだけだと、遠い人の話になります。途中でつまずくところを見せると、距離が縮みます。ここを省かないでください。
- 子どもに同じ作業を短く触らせる見るだけと、5分でも自分の手で触るのとでは残り方が変わります。完成させる必要はありません。触った事実があればいいので、時間は短くて構いません。
- その人が地域にいることを伝える最後に、どこで働いているかを具体的に言います。遠い都市の話だと、自分の進路として受け取られません。ここが抜けると、面白い話で終わります。
どんな職業を選べばいいか
うまくいかなかったこと
現場から:将来性の話に寄せた回
「これからはこの分野の仕事が増えます」という話を入れたことがあります。手応えは悪くなかったのですが、終わったあとの質問がゼロでした。将来性は大人の関心事であって、中学生が今日考えたいことではなかったようです。以後、需要や収入の話は、聞かれたときだけ答える形にしています。
現場から:珍しさを前面に出した回
あまり知られていない職業を選んだほうが刺激になると考えて、かなり特殊な仕事を紹介したことがあります。反応は良かったのですが、感想が「変わった仕事があるんですね」で止まりました。自分の話として受け取られていない。珍しさは興味にはなりますが、進路にはつながりにくいという結論になりました。
向かないケース
この形が合わない場面も書いておきます。
ひとつは、進路決定が目前に迫っている学年です。受験までの時間が短い時期に新しい選択肢を増やすと、迷いだけが増えることがあります。この時期は、すでに視界にある選択肢を整理するほうが役に立つはずです。
もうひとつは、体験の時間を確保できない場合です。説明だけで終わるなら、教室で時間を取るより、資料を渡して各自で見てもらうほうが効率的かもしれません。授業として組む意味があるのは、その場でしかできないことがあるときだけだと思っています。
やらなくていいこと
紹介する職業の数を増やす必要はありません。1回の授業で5つ挙げるより、1つを深く見せるほうが残ります。また、その場で「やってみたいと思った人」と挙手を求めるのもおすすめしません。挙げにくい空気が生まれるだけで、本当に興味を持った子は後から個別に聞きにきます。

私たちが授業で扱っている形
私たちが持ち込んでいるのは、職業紹介ではなく体験です。たとえば3Dモデリング体験では、画面の中で形をつくり、それが実際に手に取れるものになるまでの流れを見せます。この作業を仕事にしている人がいる、という説明はいちばん最後に入れます。
オンラインで実施する場合は、生成AI体験のように画面共有で成立する内容に組み替えています。遠方の学校からのご依頼でも、同じ形で実施できます。1コマ45分に収める構成と、2コマ続きで深く触る構成の両方をご用意しています。
私たちがこの活動を続けているのは、地域にITで活躍する大人が少なく、子どもがその進路を身近に感じにくい状況があるからです。答えを教える場をつくりたいわけではありません。AI時代にどの仕事が残るかは誰も持っていませんし、私たちも持っていない。持っていないからこそ、実際に手を動かしている大人を見せるところに寄せています。
当日おねがいしていること
- 冒頭で講師の職業を紹介しないでいただくこと(子どもから聞かれる形にしたいため)
- こちらが作業で失敗しても、フォローに入らず見ていただくこと
- 感想を「将来つきたい仕事」に結びつけないでいただくこと
- その時間を評価対象にしないと、生徒に先に伝えていただくこと
- 終了後に個別で聞きにきた生徒がいれば、共有していただけると助かります
1回で決まるものではない
最後に、期待値の話を書いておきます。1回の授業で進路が決まることはありません。私たちが関わった子で、その日をきっかけに進路を選んだという話を確認できた例は、ごくわずかです。
できるのは、選択肢の一覧に1行足すところまでです。ただ、その1行は数年後まで残ることがあります。翌年同じ学校に行ったときに「去年のあれ、まだ覚えています」と言われることが、時々あります。決めるのは本人で、それも今日である必要はありません。
単発の依頼について
年に1回、行事の中の1コマだけという形でも実施しています。その場合は職業紹介を目的にせず、作業を見て触って帰るところまでを目標に組みます。そのほうが、先生方が進路指導の時間に拾いやすい材料が残ります。
学年によって、効き方が変わる
同じ内容を持ち込んでも、学年で反応が違います。ここを揃えて考えると、外しやすくなります。
小学校の中学年までは、職業として受け取られません。単純に面白い道具として扱われます。これは悪いことではなく、この年代で必要なのは「こういうものが世の中にある」という情報のほうだと思っています。進路という言葉を出す必要はありません。
小学校高学年から中学1年あたりが、いちばん反応が返ってくる時期でした。自分の得意や苦手をある程度自覚していて、まだ進路の締め切りが遠い。この距離感のときに、選択肢を1つ足す作業がやりやすくなります。
中学3年になると、反応が二つに割れます。すでに方向が決まっている子は、興味はあっても自分の話として聞きません。まだ決まっていない子は、逆に強く反応します。この学年では、全員に同じ届き方を期待しないほうが設計しやすくなります。
学年をまたいで実施する場合
全校行事などで複数学年を同時に相手にするときは、いちばん下の学年に合わせて組んでいます。上の学年向けに組むと、下の学年が最初の数分で離れてしまうためです。上の学年には、終了後に個別で話す時間を取るほうが結果的に届きます。
保護者への伝え方で、あとが変わる
授業の中で興味を持った子が、家でその話をするかどうかは、保護者側の受け取り方に左右されます。ここが抜けていると、教室の中だけで終わります。
実際にあったのは、子どもが家で話したところ「それは仕事にならない」と言われて止まった例です。保護者の方が反対しているというより、その職業の実像を知らないだけという場合がほとんどでした。
そのため、案内文や学年だよりに1〜2行だけでも、どういう仕事なのかを書いていただけると効き方が変わります。専門的に説明する必要はなく、何をしている時間が長い仕事なのかが分かれば十分です。授業のあとに配る振り返りシートに、家の人に説明する欄を1つ足すという形を取っている学校もありました。
Q. 知らない職業は、どうやって教室に入れればいいですか。
A. 職業名の説明から入ると残りにくい傾向があります。何をしている人か分からないまま作業を見せて、子どもから質問が出る形にするほうが記憶に残ります。
Q. 珍しい職業を選んだほうが効果がありますか。
A. 私たちの経験では、珍しさより「地域に実際にいるかどうか」のほうが効きました。遠い職業は憧れにはなっても、自分の進路としては受け取られにくいようです。
Q. 将来性や収入の話は入れたほうがいいですか。
A. こちらから入れると質問が止まる場面がありました。大人の関心事であって、その日の中学生の関心事ではないためだと思います。聞かれたときに答える形をおすすめします。
Q. 1コマだけの依頼でも受けてもらえますか。
A. 受けています。その場合は職業紹介を目的にせず、作業を見て短く触って帰るところまでを目標に組みます。オンラインでの実施も可能です。
Q. 機材やWi-Fiは必要ですか。
A. 機材はこちらで持ち込みます。Wi-Fi があると進行が安定しますが、内容によっては無くても実施できる形に組み替えられます。
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